|
|
 |
 |
 |
江戸三座焼失 ― 。
火事は江戸の華などとはいっても、こんなことそうざらにはありません。
天保五年(一八三四)二月初め、連日の大火で、中村座、市村座、森田座が立て続けに焼け落ちてしまったのです。
定小屋をなくした歌舞伎役者たちは旅興行に出ました。市川海老蔵の一座も西国へと向かいます。
つい二年前「団十郎」の大名跡は長男に譲ったものの、あの七代目団十郎がやって来る、との知らせに西国の町々は沸きました。
下関では異例の長興行、九州入りは秋十月です。博多浜、筑前甘木と移って、新春早々に長崎へ。あごの突き出た大目玉の七代目をひと目でもと、八幡町の芝居小屋は人の渦です。
|
さて、江戸へ戻って二年。
海老蔵は長崎土産にと「博多小女郎浪枕」を上演します。密貿易の親玉、毛剃九右衛門役の海老蔵は、長崎の町年寄から贈られた豪華な竜の刺繍入り呉絽服連(ラクダや羊の毛織物)を着こんで、ビイドロ、ラセイタ、フラソコ、よかよか、と長崎言葉を連発。 |
 |
ビイドロはガラス、ラセイタはラシャ風の毛織物、フラソコはフラスコ。もちろん近松の原作にこんなせりふはありません。
海賊たちの船上の酒盛りの場のこのせりふに「カステラ」もあったか、どうでしょうか。七代目は長崎のカステラが大いに気に入って、包丁で切るよりもこれで、と手づかみで平らげたという話が残っています。 |
|