季節のかすてら噺 平成19年夏号
よかったですね、茂吉先生。
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大正昭和の大歌人を最初の左半身麻痺が襲ったのは、昭和二十五年十月十九日朝のことです。斎藤茂吉六十八歳。長男茂太さんを枕元に呼ぶと、「おれの仕事はもう終ったよ」
いくさのさなか、故郷蔵王の山ふところに難を避けたまま戦後もしばらくは東京に戻れなかった老歌人の心身には、みじめな敗戦の痛手がまだ奥深く残っていたのでしょうか。
とはいいながら、看護日誌をみると、なかなかどうして。
〈十月二十二日 気分食欲良好、他に変りなし。朝 粥二椀、卵一個、味噌汁二椀、牛乳二合、カステラ、食後メロン〉
〈十月三十日 食欲気分変りなし。夜 粥二椀、サシミ、鮭切身一切、ホーレン草、野菜煮物、牛乳一合、カステラ〉
ときには胸内苦悶、血圧二三〇〜一二〇の患者にしては結構な食いっぷりではありませんか。


カステラは、三十代のころ長崎医専(現長崎大学医学部)に赴任した思い出のある茂吉の注文だったのかどうか……ともかく翌年の二月ごろには、いすに座って庭の雪を眺めるまでに回復したのです。それどころか、十一月三日には宮中に参内、文化勲章を受け、お食事までいただいて帰ってきたのですから、さすが。
大歌人が大の食いしん坊であったのは有名です。ある宴会で、隣の客の膳の鯉が自分のより大きそうに見えたので、替えてもらえませんかと頼んだ。取り換えてみると、前の方が大きそうに思えて、また頼んで戻してもらった。
よかったですね、茂吉先生。今回はご自宅で、お隣にベッドはなし、カステラの厚さを見比べることもなくて。
(A)
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