季節のかすてら噺 平成20年夏号
お丸の膝の上のカステラ。
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人波にまじって新橋駅のプラットホームから国府津行きの汽車にぼんやりと乗ると、三十分ほどで出発の汽笛でした。
小田原郵便局そば、五間間口の油屋の大家に育ったお丸は二十歳、内気な娘です。
三年前から赤坂見附の原田男爵家に行儀見習いの奉公に出ていたのが、姉のお愛との婚礼を前にした婿養子の清次が肺を患って急逝、すぐに戻れとの母からの手紙。あたふたと長のお暇をいただいて、柳行李と風呂敷包みひとつの心細い帰郷でした。

可哀そうな姉さん、真実にどうしているだろう。きょう奥様からいただいた矢絣の反物、あれは私にはあまり華美だ、私より若く見える姉さんにあげよう。お嬢様にいつかいただいた半襟も紅が入っているから、あれも……。そういえばお梅さんからもお餞別をいただいてたんだわ。
お梅が見附まで送つて来て自分の手に呉れた半巾は何が包んであるのであらうと、一寸手で障つて見るとカステラの箱のやうである。お母さんの土産に丁度好いとまたお丸は思つた。

あの歌人与謝野晶子の数少ない短編のひとつ、『妹』の一シーンです。しっかりものの朋輩お梅がハンカチに包んでくれたカステラは、明治の末のある日ある時の、ひとりの娘の優しい気遣いを伝えます。 いつの時代にもカステラは、そのようなお菓子であったのでしょう。

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ひとつ違いの容姿よしの姉にいつも一歩譲ってばかりだった妹を、このあとどんな運命が待っているかを、本人は、まだ知りません。膝の上のカステラも、もちろん知るよしがありません。
(A)


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