やがて鎖国の時代が訪れ、長崎は日本で唯一、海外へ開かれた窓となりました。白砂糖が喜ばれることを知った外国人たちは、東南アジアから南蛮船や唐船に多量の砂糖を積んで長崎へ渡来するようになります。こうして、江戸期を通じて、長崎は日本中でも特に菓子作りが盛んに行われ、様々な菓子が生まれ育つようになりました。
江戸時代には、江戸でもカステラが生産されていったのは事実ですが、スペインから伝わったカステラを本格的に作り変え、今の味を完成させていったのは、砂糖を豊富に手に入れることができ、卵と砂糖の分量を増やせばシットリとした焼き上がりになることを知っていた長崎の菓子商人たちだったのです。
長崎に滞在していた頃、カステラを非常に好み、毎日一斤をパンのように手でちぎって食べたという芥川龍之介。パリ万博に向かうフランス船の中でカステラを食べたという渋沢栄一。 また、尾崎紅葉、樋口一葉、正岡子規、夏目漱石、室生犀星、北原白秋といった、日本を代表する文人たちの作品の中にも、カステラは登場します。長崎の銘菓として独自の進化を遂げたカステラは、その時代の様々な場所で人々に愛され、甘く床しい逸話が今も伝えられています。 ◆長崎カステラを味わった人々の逸話は、「かすてら噺」で紹介しています。