ながさき暦
古来、異国との交流の盛んであった長崎
ながさき暦 其の二 美しいアジサイに愛する人の名を。オランダ商館医・シーボルトの軌跡。
6月の梅雨の季節を象徴する花、アジサイ(紫陽花)は、長崎と大変ゆかりの深い花です。 1968年からは、長崎市の花にも指定されており、毎年、長崎の町には、この季節、ひときわ美しくアジサイの花が咲き誇ります。
さて、今回はこの長崎の花、紫陽花にまつわるお話を紹介しましょう。

長崎市の静かな住宅街、鳴滝。
そこに情緒豊かな「シーボルト記念館」があります。1823年、当時27歳のシーボルトは、オランダから商館医として長崎の出島に赴任しました。日蘭貿易のための日本研究の使命のためです。
医学・科学に精通していた彼は多くの人々の診察を行いました。そして彼の治療の名声を聞きつけて日本全国から集まった150人を超える門弟たちに医学の教授も行ったのです。

シーボルト像
また、彼は日本で調査・収集した多くの資料を基に「日本」「日本植物誌」「日本動物誌」などを編纂し、世界に当時の日本の姿を発表しています。

シーボルトは日本滞在中に、楠本滝という名の女性と結婚し、イネという名の女の子をもうけました。長崎に咲く美しいアジサイを大変気に入ったシーボルトは、この花の学名を愛する「お滝さん」にちなんで「おたくさ」と名付け、彼の編纂した「日本植物誌」に「Otakusa」の学名と共に、精密なアジサイの図画を描いています。

1828年、日本滞在の任期を終えたシーボルトは帰国の途につきます。
しかし、嵐で座礁した船の積み荷から日本地図など禁制の品々が発見され、彼は国外追放となりました。そして時は過ぎ、1859年、シーボルトは再び日本の地を訪れ、日本に残していた娘イネと再会します。
立派な医師へと成長した娘に再会した彼は、どんなにか感動したことでしょう。


シーボルト記念館 日本の人々はもちろん、日本の文化や自然を深く愛したシーボルト。1989年、当時の鳴滝塾跡地に、レンガ造りの外観も重厚なシーボルト記念館が設立されました。
彼の様々な功績が紹介されている、異国情緒溢れるこの建物の敷地内には、往年のシーボルトの胸像が建てられ、その側には、かつて彼が愛した人の名を付けたアジサイの花が、今年も美しく咲き誇っています。
■シーボルト記念館 長崎市鳴滝2丁目7番40号
 TEL/095-823-0707  FAX/095-823-0170


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