ながさき暦
古来、異国との交流の盛んであった長崎
ながさき暦 其の六 華やかなランタンの光に響く、郷愁の銅鑼(どら)の音色。長崎に伝わる媽祖の伝説。
湊公園会場 数えきれない煌めく(きらめく)灯火(ともしび)、色とりどりに輝く様々な形の燈籠(とうろう)が、寒さを忘れさせるほどに冬の街を照らし出します。

異国情緒にあふれた長崎の冬のお祭り「長崎ランタンフェスティバル」 に、幻想的な賑わいを求めて、毎年、多くの観光客が長崎を訪れています。今回は冬の長崎を代表する風物詩となった、「長崎ランタンフェスティバル」の紹介とそれにまつわるお話をしましょう。

「長崎ランタンフェスティバル」は、もともと「春節祭」として長崎在住の華僑の人々が、中国の旧正月(春節)を祝うための行事として、長崎新地中華街を中心に行っていたものです。
今では長崎市全体のイベントとなりました。会場にはところ狭しと並ぶ1万5000個ものランタン(燈籠)の元、龍踊や中国雑技など中国色豊かな行事が繰り広げられます。長崎市中が中国一色に染まるこの期間、長崎を訪れる人々は紅い燈籠の中で、幻想的な雰囲気の中、不思議な気持ちを味わえることと思います。


その数々の行事のなかでも人気なのが、荘厳な媽祖行列(まそぎょうれつ)。
媽祖(まそ)とは…
その昔、長崎に貿易で訪れた唐人達が航海安全のために祀(まつ)っていた神様のことです。順風耳(じゅんぷうじ)・千里眼(せんりがん)と言われる媽祖の守護神(しゅごしん)や、直庫(てっこ)という悪魔払いに先導され、きらびやかな神輿(みこし)に祀(まつ)られて進むこの媽祖像には、不思議な伝説が伝わっています。

北宋時代(960年頃)、中国に媽祖と呼ばれる女性がいたそうです。不思議な予知能力を持っていた彼女は人々から慕われ尊敬を集めていました。
彼女が28歳になったある日、多くの漁船が暴風に遭い転覆する事件が起こります。彼女はその能力を駆使し、荒波の中から溺れる人々を救いますが、その疲れがもとで彼女自身も命を落としてしまいました。
彼女の死後、人々はその恩に報いるため寺や廟(びょう)=霊をまつるところ=を建立しました。そして、彼女は航海安全の神として、東南アジアから中国の広い地域の人々に祀られるように なったそうです。

天后堂

媽祖行列


天后堂
かつてこの媽祖像と共に海を渡り、長崎に渡来した中国の人々は、行列を組んで像を唐人屋敷内の天后堂(てんごうどう)へと運び、航海の無事に感謝の祈りを捧げていました。海を渡るのは命がけの時代、媽祖像をふたたび船へと戻す出港の時、彼らは愛する家族の待つ遠い故郷へ無事に帰れるよう、心から航海の無事を祈ったことでしょう。

美しいランタンに囲まれ、賑やかな銅鑼の音と共に進む媽祖行列。今から370年もの昔、彼らが航海の無事を祈った姿が今年も昔そのままに甦り、訪れる人々にかつてこの長崎の町で繰り広げられた懐かしいひとこまとして伝えています。



■長崎ランタンフェスティバル 2006年1月29日(日)〜2月12日(日)
■お問い合わせ  長崎市観光宣伝課  TEL 095-829-1314
 長崎ランタンフェスティバルホームページ  ◆http://www.nagasaki-lantern.com/




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